滋賀県日野町は近江商人ゆかりの地であり、有名な戦国大名蒲生氏が治める地でもありました。
蒲生氏では織田信長、豊臣秀吉に仕え、後に会津92万石を与えられた蒲生氏郷が有名です。
この蒲生氏郷ゆかりの城跡を紹介します。
日野城(中野城)
歴史的に日野城と呼ばれる城は滋賀県日野町にふたつあります。
日野中野城と日野音羽城です。
戦国時代の1582年に本能寺の変が起こり、安土城留守番役の蒲生賢秀が信長の妻子らを脱出させて避難したのが、自らの居城だったこの日野中野城です。
日野音羽城の方は賢秀や氏郷の先祖に当たる蒲生貞秀が建てた城です。
そちらも現在、公園として整備されており、史跡が残っています。
日野中野城は賢秀の父である蒲生定秀が建てた城で、家督争いで対立した音羽城の蒲生秀紀を倒したあと、1533年に築城されています。
蒲生氏が伊勢松ヶ島(今の松阪市)に移封することになったので廃城となりますが、江戸時代には市橋氏がこの場所に陣屋を構えて藩庁としています。
日野城跡(中野城)ギャラリー
日野城跡・入口付近
蒲生氏郷の事績について書かれた看板。
城跡は日野川ダムに隣接しています。
住宅街の中を抜けていくのですが、ダムの周囲が公園として整備されていて、10台程度停められる駐車場と公衆トイレがありました。
夏場に訪れましたが、ダムの近くは涼しかったです。
この城について詳しく書かれた看板です。
ここに書かれているように、城跡の大半はダム建設により消失しています。
日野城跡・通路
城跡に入って行くと、このようなマニアの心をくすぐる石垣や石橋を見かけました。
ただし、これは江戸時代に市橋氏が築いたもののようです。
本丸跡へ向かっていくところです。
切り通しというところでしょうか。
往時も日野川の水を引いて堀にしたり、飲料水として利用していたのでしょうね。
日野城跡・本丸跡
本丸跡にあった石碑です。
この地にあった仁正寺藩市橋氏の領地であったことを示している石碑のようです。
本丸跡にあった解説看板。
蒲生氏の系図についても書かれていてわかりやすいです。
日野城跡・神社
城跡にはふたつ神社がありました。
ひとつ目は涼橋神社でこちらは市橋氏の氏神を祀ったもの、もうひとつはおなじみの稲荷神社です。
神社に向かう途中はこのような風情のある通路となっていました。
サバイバルゲームでもしたくなるような場所ですね。
強度は大丈夫なのかとちょっと心配になる石橋でもありました。
日野城跡・石碑と井戸
森の中から50mほど離れた住宅街にある「中野城」と刻まれた石碑です。
こちらは上の石碑近くにある蒲生氏郷の産湯に使ったとされる水が湧き出る井戸です。
住宅街の一角にあります。
日野城跡(中野城)アクセスなど
住所は滋賀県蒲生郡日野町西大路2869番地です。
車で行くならカーナビで「日野川ダム」と検索するのがおすすめです。
名神高速道路・八日市ICから20分程度、新名神高速道路・甲賀土山ICからも20分程度です。
日野川ダム近くに10台程度停められる無料駐車場があります。
水洗式の公衆トイレも駐車場内にあります。
古い集落や住宅街の中を進みますが、道を間違えない限り、車同士がすれ違える程度の道なので大丈夫です。
公共交通機関を使う場合は、JR琵琶湖線・近江八幡駅から近江バスに乗るか、近江鉄道本線・日野駅から近江バスに乗る形になります。
いずれも、下車するバス停は「日野川ダム口」です。
草木が生い茂る場所なので、虫よけスプレーは必須です。
長袖、長ズボン、歩きやすい靴などで挑まれることをおすすめします。
しかし、平城なので、城跡内の傾斜がきついとか、通りにくい道があるわけではありません。
よほど運動不足でもない限り、息が切れることもないでしょう。
手軽に挑める城跡で、小さいですがなかなか風情のある場所でした。
↓ 日野町役場のHPです。

















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