多賀大社とはどんな神社? 御祭神は?
多賀大社は滋賀県犬上郡多賀町にある神社です。
創建年は不明で、神代にも遡るという古い神社です。
御祭神はイザナギノミコトとその妻イザナミノミコト(以下イザナギとイザナミと表記します)。
日本の国そのものを作った夫婦の神様です。
イザナギはアマテラス、ツクヨミ、スサノオの父としても有名です。
黄泉の国から帰ってきたあと、川で顔を洗ったところ、その三柱の神様が誕生したと言われています。
「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」と言われるようになり、多くの参拝者が集まったのは、伊勢神宮に祀られるアマテラスの父だからです。
このイザナギが国造りをすべて終えたあと、多賀の地で隠居したという言い伝えがあり、その場所にこの神社ができたと言われています(異説あり。詳しくは後述)。
多賀大社のご利益は?
生命そのものを生み出した神様でもあるので、延命長寿のご利益が特に有名です。
それに付随して厄除けのご利益、さらに夫婦の神様でもあるので、縁結びのご利益もあるとされています。
多賀大社にまつわる逸話
オタマジャクシの語源?
奈良時代、元正天皇が病気になった際、多賀大社の神官らが強飯を炊き、杓子(しゃくし、しゃもじ)を添えて献上したところ、天皇が快復したという逸話があります。
このため、多賀大社の杓子は延命長寿、健康祈願の縁起物となりました。
そのときの杓子は現代で使われている杓子と違い、凹みのある形でした。
これが調理器具であるお玉(お玉杓子)へとつながります。
蛙の幼生オタマジャクシはお玉に似ていることから付けられた名前なので、遡ると「お多賀杓子」がオタマジャクシの語源となります。
多賀大社に祈って寿命が延びた例
鎌倉時代、東大寺再建に奔走していた重源という61歳の僧侶が、夢にアマテラスが登場し、「多賀大社に祈願せよ」というお告げを受けます。
そのとおりにしたところ、20年寿命が延び、見事、東大寺再建を成し遂げたのでした。
安土桃山時代、豊臣秀吉が母親なか(大政所)の延命を「3年、それがだめなら2年、せめて30日……」と祈ったところ、結果4年ほど延びたため大喜び。
米1万石を送ったと伝わっています。
多賀大社境内の様子
正面鳥居。
かなり大きな鳥居でした。
この日は平日だったので空いていました。
イザナギとイザナミが御祭神として明記されています。
延喜式に記載されている由緒ある神社です。
現在は神社庁の別表神社(昔から格の高い神社)とされています。
多賀大社の歴史が要約された看板です。
古くから崇敬されているのがわかりますね。
多賀大社全体図です。
伊勢神宮ほどではありませんが、なかなか広い神社です。
鳥居をくぐった直後にある太鼓橋。
例大祭のときは神輿も通るようですが、結構、急勾配の橋です。
江戸時代に造られたものですが、太閤秀吉にちなんで、「太閤橋」とも呼ばれています。
「太鼓橋」または「太閤橋」に関する解説です。
多賀町の指定文化財となっているようです。
門をくぐり、拝殿を正面から見たところです。
おごそかな広い境内です。
拝殿を近くで見たところ。
基本的にお賽銭を入れて祈願するのはこの場所です。
これより奥にある本殿には、初穂料を払って祈願、お祓いを依頼すれば入れます。
神楽殿。
お祭りの際に使用されるのでしょうか。
なお、多賀大社は江戸時代に何回も火事に遭い消失していますが、彦根藩の崇敬が高かったことから、その都度再建されています。
現在残る建物は江戸時代に再建されたものが多いです。
多賀大社にある摂社など
子安神社。
御祭神はコノハナサクヤヒメ。
天孫ニニギノミコトの妻となった女神です。
一夜で身ごもったのを疑われ、身の潔白を示すため火を付けた産屋で出産した逸話があります。
そのために「安産」がご利益となっています。
年神神社と竈神社。
年神というのは諸説ありますが、ここではスサノオの子である大年神を祀っているようです。
穀物神で五穀豊穣のご利益があるとされています。
なお、正月に訪問してくる神様を年神として祀る風習もあります。
竈神社はカグツチを祀っています。
カグツチはイザナギとイザナミの間に生まれた火を司る神様ですが、この神を生んだ際火傷を負ったためイザナミは亡くなることになりました。
そのため、怒ったイザナミに十握剣で殺されています。
五穀豊穣の大年神と一緒に祀られているのは食べ物の調理などに火が必要だからでしょうが、両親と因縁のある神様を摂社に祀るというのも面白いですね。
寿命石。
先述した重源上人が20年寿命を延ばしてもらったあと、大願成就した際、この石に座って大往生したと伝えられています。
白い石を社務所で購入して、この石の近くに置くと寿命が延びるご利益があるとか。
金咲稲荷明神への入口。
鳥居の数はそんなに多くありません。
奥に小さなお社があります。
「金咲」という名前は地名ですかね?
要するにお稲荷さんです。
三宮神社と聖神社。
三宮神社に祀られている神様はツヌグイ、イクグイなどと呼ばれる神様で、天地開闢のあと、イザナギ、イザナミと同じく神世七代の中に含まれる神様です。
聖神社に祀られている少彦名命(スクナビコナノミコト)は、タカミムスビ(天地開闢の際に現れた造化三神のひとり)の子とされる小さな神様で、オオクニヌシの国作りに協力したとされる神様です。
オオクニヌシは言わずと知れた出雲系の神様ですが、スサノオの子孫ともされ、葦原中国を作った神様でもあります。
アマテラスの系統とは違う気もしますが、このあたりは神話の解釈が待たれるところです。
熊野神社、天神神社、熊野新宮。
熊野神社は看板の通り、イザナギと縁の深いスサノオを祀った神社です。
そういえば、和歌山にある熊野神社はイザナミの墓の上にあるという説がありますね。
天神神社は先述した造化三神を祀っています。
熊野新宮に祀られる熊野速玉大神はイザナギと同一とされる神様です。
多賀大社に関する異説・イザナギの隠居地ではない?
日本国の公式歴史書である「古事記」には原本が残っていません。
もっとも古いのは真福寺という寺に残されている写本です。
そこにイザナギは「淡海」の多賀にいるという趣旨のことが書かれています。
一方、もうひとつの公式歴史書である「日本書紀」には、イザナギは国造りを終えたあと「淡路」に住居を作って過ごしたと書かれています。
古事記の写本でも真福寺本以外には「淡路の多賀」と書かれています。
「淡海」は「近江(今の滋賀県)」の古い表記ですが、古事記では「おうみ」については「近淡海」という表記が一般的であり、真福寺本の「淡海」は「淡路」の転記ミスという説が有力です。
淡路島はイザナギとイザナミが最初に作った島であり、淡路の多賀には伊弉諾神宮という神社があります。
伊弉諾神宮は古墳の上に建っているとされ、一説によると、その古墳はイザナギの墓だとも言われています。
多賀大社は南北朝時代までは古代豪族犬上氏のご先祖を祀っていたとされています。
犬上氏は最初の遣唐使である犬上御田鍬に始まる古代豪族です。
多賀大社のある犬上郡の地名由来となった豪族です。
このことから、イザナギの隠居地は淡路島の多賀にある伊弉諾神宮であるという見方が有力です。
とはいえ、日本各地の神社は分祀などを行い、それぞれ手厚く祀られているわけであり、なんら由緒やご利益が色褪せるものではありません。
多賀大社へのアクセス
住所:滋賀県犬上郡多賀町604番地
新幹線だと米原駅で下車し、近江鉄道に乗り換え、多賀大社前駅へ。
電車だと東海道本線彦根駅から近江鉄道に乗り換え、多賀大社前駅へ。
そこからだと門前町を通り、徒歩10分程度です。
自動車だと名神高速道路彦根インターから国道306号を利用して10分程度。
名神高速道路は下り路線なら多賀スマートインターがあり、そこからだと5分程度で到着します。
多賀大社近くに公共の駐車場があり、基本的には無料で利用できます。
<多賀大社公式HP>
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